こんばんは。
コーチングと自己基盤で自分らしく生きる人を応援する。
パーソナルコーチ の小濱千夏です。
1月からコーチングプラットフォームというコーチングスクールで改めてファンデーションとコーチングを学んでいます。

先週取り組んだテーマが1日目「基準」2日目「境界線」。
あれ、まさに境界線真っ最中。そして超苦戦中。。
どうなることやら、と思いながら行ってみたところ、
基準については、予想外にモヤモヤ、、
境界線は案外ブレイクスルーがありました。
では、1日目「基準」からどうぞ!
基準、なめてました。
私は今絶賛境界線に取り組み中です。そして苦戦中。
境界線ってやりにくい、、他者との関わりの中で行動を起こす必要があるんだもん、、
それに比べて、基準はやりやすい。だって自分との約束なんだもん。
2年くらい前に基準に取り組んでいるし、基準は大丈夫!
そんな気持ちでいました。
ところがどっこい!!(古い?)
講座が始まって、あれ?なんかモヤモヤする?嫌な感じ?何で??
そんな状態に陥りました。
基準をざっくり言うと、どういう自分でありたいか?
そのための行動を決めて、日々守る。そんなイメージです。
いたってシンプル。
じゃあザワザワの理由は何なのか?
どういう自分でありたいか?と考えているときに私は、人からどう思われるのか、どう見られるのか、という人の目をめちゃくちゃ気にしていると思ったからです。
(というかそういうフィードバックも受けて図星すぎた★)
自分に正直でありたい(正直であれないのはなぜか、、)
そもそも○○と思っている。それを口に出しづらいのはなぜか、、
基準は自分を主軸にした指針だと頭では理解しているつもりでも、自分の中に根深く根深く人からどう思われるのかという他人軸がこびりついていると思ったからです。
私は自覚している以上に何倍も何倍も他人の目を気にしているし、ええ格好しいなんだろうな。普段見ないフリしているそういうところが、こういう講座では見えてしまうから、ザワザワしてしまうんだろうな。
基準(ありたい自分象)の周辺には、ニーズも絡んでくる
ありたい自分像の中に、自分軸としての基準もあれば、過剰なまでに人の目を気にする自分もいる。人からこう思われたいというニーズまみれな自分。
きっとどっちらかだけを分けて取り組むということは出来ないんだと思う。
ありたい自分象にいろんな要素が混在するのは当たり前。(基準、ニーズ)
自分は○○でありたい →自分に誠実でありたい
人から〇〇と思われたい →人から好かれたい
それを踏まえて、今の私はどうなりたいんだろう??
そんな自分も含めて、人間だもの
実は、基準でザワザワして午前中は心ここにあらず状態になってしまいました、、
が、いろんなフィードバックやシェアを聞いて、落ち着きを取り戻せた感覚がありました。
冷静になったというか?人間っていろいろあるんだよなという開き直りというか。
リアル講座で複数のプロコーチたちがいて、複数の受講生がいる場所は、いろんな目線で自分や物事を見ることができてありがたいなと改めて思いました。
いつもいつも自分の基準を絶対守らなくて良い
他にも、印象的だったシェアがありました。
それは、「いつもいつも自分の基準を絶対守らなくて良い」というもの。
私たちって無意識に、いつもいつも100%、絶対って思ってませんか?
例えば「前向きに課題に取り組む」そんな自分でありたいと思ったとしても、時間や人間関係、優先順位、そういう現実的な側面もあるわけですよ。
そうなったときに、場合によっては、現実的にやりやすい方法を優先させるを選んでも良い、ということです。
いつもいつも絶対派の私からは、目鱗でした。
それでいいんや~(楽!!)みたいな。
いつもいつも絶対だと、基準を守れないときに、謎の罪悪感に襲われます。。
でも、基準よりも現実のリソースを優先することを選ぶ と思えば良いんですね。
選ぶという言葉の力って偉大ですよね!
そんなこんなで、1日目の基準は終わりました。
2日目は、境界線、ブレイクスルーかもしれない?!
お楽しみに!


