1日目の基準はザワザワしたり開き直ったりと忙しい1日でした。
基準、なめてました。
そしていよいよ境界線。
いつも受けている自己基盤講座では4カ月取り組んでも辛すぎてやめたい気持ちになっている境界線。。
どうなることやら。
では、はりきってどうぞ!
苦手すぎた境界線だった
先に書いたように、私はこの4カ月別のスクールで近藤真樹さんというファンデーションの大御所?の講座を4か月受けてきました。
普段は辛いながらも楽しいファンデーションなんだけど、境界線は本当に辛かった。
もう無理、、

と思っていたんですが、ここでちょっと違う見方ができたかも。
境界線への認識が変わる
私は、居心地が悪さについてアプローチすることが境界線だと思っていたんですね。
(第一段階としては不快を無くす、その次に快を広げる)
もちろん、行動としてはそうかもしれません。
でも、居心地の悪さがどこからやってくるのか。その目線が抜けていた気がします。
今の自分の状態だけで「なんだかしんどい。不快だ。どうしよう、どうすれば良い?」となっていたわけです。
自分のしんどさの要因を丁寧に見る必要があったですよね。
何が私を不安にさせるのか?イライラさせるのか?
こうありたい自分(基準)が脅かされているのか。
こう思われたい自分の思い(ニーズ)が叶わないのか。
何が私の居心地が悪くさせているのか。
境界線を意識するためには、基準を捉える必要があります。
また、ありたい自分の中に基準とニーズが混在していると認識して、区別する必要があります。
(ニーズがいけないのではなく、ニーズとして捉えておく必要がある、というイメージ)
私はこの数か月、ただ自分の状態としてしんどいんだ。それを解消するためにはどう行動したら良いの?でもそれは難しい。結果、何もできずにその場に甘んじている自分が嫌。無力感。
そんなスパイラルに陥っていた気がします。
基準とニーズが分からないと境界線も曖昧になる。
これをきっかけに、自分の居心地の悪さの要因を切り分けて見る。そしてアプローチを考える。
境界線を状態からではなく、自分の基準とニーズから取り組もうと思い直したわけです。
そう思い直すと、にわかに境界線のハードルが下がりました。
近藤真樹さんの講座でじっくり取り組んで(そして苦しんで)、FBCの講座で改めて取り組んで、違う角度から見ることができたおかげかな。
自分の向き合う現実で、どういう自分でありたいのか(基準)具体的には?
そのために何をしていくのか(境界線)具体的には?
私の基準、ちょっと見直してみます!
ちなみにファンデーションにおける私の基準は、
日本一、ファンデーションについて文字で言語化しているコーチで講師になるぞ!です。
では、今日はこの辺で!