「みじめだと思われたくない」自分に気づいた|自己基盤講座・ニーズ③
3回目の自己基盤講座「ニーズ」を受講しました。
ニーズとは、自分の内側にある「こう思われたい」「こうは思われたくない」という強い欲求のこと。
ニーズのことを考えると、なんだか気が重くなります。
怖いような、切ないような。
自分の中にある、あまり見たくないものに触れているような気がするんですよね。
ニーズには優先順位がある
前回の講座で、真樹コーチからこんな説明がありました。
「ニーズには順番がある。優先度の高いものと低いものがある」
だとしたら、私にとって一番優先度が高いのは「受け入れられたい」というニーズなのかもしれません。他のニーズは、それを満たすための手段になっているような気がしたんです。
自分のニーズを思い浮かべると、
- 褒められたい
- 必要とされたい
- 優秀でありたい
- 受け入れられたい
など、たくさんあります。
でも、私にとっては、その多くが結局「受け入れられるための条件」なんじゃないかと思ったんです。
褒められれば、受け入れてもらえる。
優秀であれば、認めてもらえる。
必要とされれば、ここにいてもいいと思える。
つまり、私が求めているのは「存在そのものを認めてもらうこと」なのかもしれません。
私はいつまでたっても、自分には価値がないのではないかという感覚を抱えている。
何かを成し遂げたり、誰かに認められたりしなくても、無条件にここにいていい。
そう心の底からは思えていないんだな、と感じました。
なんだか苦しい。
「みじめだと思われたくない」とは言いたくない
私は、自分のプライドの高さや、見栄っ張りなところ、ええかっこしいなところが、すごく気になっています。
不思議なことに、「優秀でありたい」「褒められたい」というニーズがあると話すことには、あまり抵抗がありません。
でも、「ええかっこしたい」というニーズがありそうだと話すことには、ものすごく抵抗があります。
特に、
「かわいそうな人だと思われたくない」
「みじめな人だと思われたくない」
という気持ち。
これを自分の中に見つけると、なんとも嫌な感じがするんです。
「誰もそんなこと思っていないよ」
そんなこと、頭では分かっています。
でも、長年染みついた感覚は、なかなか消えません。
ニーズはどこから生まれたのか
講座では、ニーズは「子どもの頃の忘れ形見」とも表現されます。
幼い頃の体験が積み重なる中で、その欲求が強くなっていく、という考え方です。
何か一つの決定的な出来事があったとは限りません。
また、講座では「子象の鎖」という例えも紹介されました。
子象の頃、杭につながれた鎖を引っ張っても逃げられなかった象は、大きくなって鎖を引き抜く力がついても、逃げようとしなくなるという話です。
今はもう必要のない思い込みや反応を、昔のまま持ち続けている。
そんな状態を表す例えです。
では、私の「ええかっこしたい」「みじめだと思われたくない」という気持ちは、どこから生まれたんだろう。
子どもの頃を振り返ってみました。
思い出したのは、家族で出かけたとき、変な場所でお弁当を食べたのが恥ずかしかったこと。
父が外見にまったく気を使わない人で、友だちのお父さんとは違うことを恥ずかしく思っていたこと。
そして、母から自分の外見について言われた言葉。
今は、母にも母なりの背景があったのだろうと思えます。
でも、子どもの頃の私は、当然傷つきました。
- 家族が周りからどう見られるか。
- 自分が周りからどう見られるか。
そんなことを、ずいぶん気にしていたように思います。
「まともに見られないのではないか」
「そのままの自分では認めてもらえないのではないか」
そういう体験や気持ちが積み重なって、
「かわいそう、みじめだと思われないようにしよう」
という思いにつながったのかもしれません。
そんなことをいくつか思い出してみたけれど……。
正直、嫌な気持ちしかしませんでした。。
あるがままの自分を受け入れてもらうこと
そんなふうに「そのままの自分では認めてもらえない」と感じてきた私ですが、あるがままの自分を受け入れてもらった大きな経験もあります。
私には年上の夫がいます。
私は、夫にあるがままの自分を受け入れてもらったと思っていて、とても感謝しています。
「夫に育て直してもらった」
そんな感覚さえあります。
子どもの頃、親からの愛情はあったと思っています。
でも、特に若い頃の私は、どこかで「そのままの自分ではダメ」「認めてもらうには条件がある」と感じていました。
結婚してからの15年ほど、夫は私をそのままでいさせてくれました。
何かができるからでも、優秀だからでもなく。
そのままでいい。
そんな安心感を、長い時間をかけて感じさせてもらったように思います。
一方で、夫に本来の役割ではない「父親」のような役割まで背負わせてしまったのではないか、と心配する気持ちもありました。
そんな話をしたとき、真樹コーチから言われました。
「ご主人は、お父さんの役割も含めて、丸ごとあなたを受け入れているんじゃないの」
そういう捉え方もあるのか、と思いました。
夫婦がお互いに補い合うことは、必ずしも悪いことではないのかもしれません。
自分で自分の価値を認めること
もう一つ、真樹コーチから言われたことがあります。
私は「自分には価値がない」「意味がない」という言葉を使ってしまうときがあります。
でも、それは自分を貶める言葉だから、自分に使わない方がいい、と。
そして、私が続けているいけばなの話になりました。
師匠になるとか、コンクールで優勝するとか、そういうこととは別に、自分なりの世界を作り出している。
誰かに認められるかどうかだけではなく、自分にとって意味のあることを、自分で認める。
真樹コーチには、私のいけばながそういうものに見えるそうです。
私はこれまで、他人から認められることばかりを気にしてきたのかもしれません。
でも、自分が大切にしているものを、自分で認めることもできるはず。
そう考えると、少し違う景色が見えてくるのかな。
とはいえ、すぐに自分の価値を認められるようになるわけではありません。
まだまだ、他人の目が気になります。
今月、もう少し向き合ってみたいこと
今回の講座で見えてきた、私の中にある
「みじめだと思われたくない」
「ええかっこしたい」
という気持ち。
できれば見たくないし、考えていても楽しくありません。
でも、今はもう少し、ここを掘り下げてみたい気分です。
なぜ、そんなにみじめだと思われることが怖いんだろう。
私は、何を守ろうとしているんだろう。
すぐに答えが出なくてもいいので、もう少し自分の気持ちを眺めてみようと思います。
では、また来月!
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私が受講している自己基盤講座
この記事で紹介した「ニーズ」は、コーチングプレイスの自己基盤講座で学んでいるテーマの一つです。
講座では、約20人の受講生がそれぞれ自分の経験や気づきをシェアし、近藤真樹コーチからフィードバックを受けながら、自己基盤について学んでいます。
講座について詳しく知りたい方は、コーチングプレイスの公式サイトをご覧ください。

