「やってみたけど、全然できない」
「なかなか上達しない。向いてないのかな」
以前の私はわりとすぐにこんなことを考えていました。
でも、今なら過去の自分に言いたい。
いや、まだほとんどやってへんやん!
できなくて、当たり前です。
そんな当たり前のことが、やっている本人には意外と見えなくなります。
私はいけばなを始めて13年になります。
今でも「全然できない」「いつになったら上手くなるんだろう」と思うことはありますが、以前ほど焦って上達しようとは思わなくなりました。
成長したのか、単に諦めたのかは分かりません(笑)。
そんな私が、上達しているのか分からなくなったとき、自分の現在地を見るために使ってきたのが「行動累積時間」という考え方です。
「何年やったか」ではなく「何時間やったか」で考える
「行動累積時間」という考え方は、勝間和代さんのYouTubeで知りました。
経験を「何年やっているか」ではなく、「実際にどれくらいの時間、その行動をしてきたか」で考えます。
同じ「3年」でも、月に1回取り組んだ人と、毎日取り組んだ人では、実際の経験量はまったく違います。
私はこの考え方を知ったとき、すごく納得しました。
以前の私は、何かを始めてまだそれほど経験していないのに、
「できない」
「上達しない」
「向いていないのかもしれない」
と、すぐに結果を出そうとしていました。
いやいや。
そもそも、どれくらいやったん?
まずはそこを見てからでも遅くありません。
もちろん、同じ時間をかければ誰でも同じように上達するわけではありません。
上達のスピードには個人差があるし、環境や練習方法によっても違うと思います。
だから私は、行動累積時間を「○時間やればこのレベルになれる」という基準ではなく、自分の現在地を客観的に見るための一つの物差しとして使っています。
「全然上達していない」と思っていたら、1,200時間やっていた
2023年、いけばなを始めて9年ほど経ったころのことです。
私は京都のお花の学校に通っていました。
好きで通っているし、楽しい。
でも、学校へ行く前になると、
「ちゃんとできるかな」
「私、全然上達してないんじゃないかな」
と不安になっていました。
そこで、自分がこれまでいけばなに使ってきた時間をざっくり計算してみました。
すると、約1,200時間。
「あれ? 思っていたよりやってるやん」と驚きました。
もちろん、1,200時間やったから一人前、という意味ではありません。
できないことは山ほどありました。
それでも、「私は全然できていない」とひとまとめにして自分を評価するのは、少し違うのかもしれないと思えました。
少なくとも、1,200時間分は花の前に座って、試行錯誤してきた自分がいたからです。
約2,000時間で、先生から「型を破れ」と言われた
それから約2年。
2025年には、いけばなに使った行動累積時間が約2,000時間になっていました。
そのころ、お稽古で親先生からこんなことを言われるようになりました。
「形はきれいだけど、型に縛られている」
「そろそろ型を破ることを意識しなさい」
そこで私が思い出したのが「守破離」です。
守破離とは、もともと芸事などの修業の段階を表す言葉です。
「守」は、師から教わった型を守り、身につける段階。
「破」は、身につけた型を土台にしながら、そこから少しずつ発展させていく段階。
「離」は、そこからさらに離れ、自分なりのものをつくっていく段階。
もちろん、「2,000時間やれば『破』に入る」という意味ではありません。
いけばなにはいくつもの花型があり、ある花型では少し分かるようになっても、別の花型ではまるでできずに先生に怒られる、なんてこともしょっちゅう(笑)。
それでも、自分ではずっと「まだまだできない」と思っていたところに、先生から「型を破ることを意識しなさい」と言われた。
自分では気づいていなかったけれど、積み重ねてきたものはちゃんとあったのかもしれない。
そう思えた出来事でした。
そして今、行動累積時間は約2,367時間
2026年8月現在。
もう一度計算してみると、私がいけばなに使ってきた時間は約2,367時間になっていました。
1,200時間のころと比べて、今の私は何が変わったんだろう。
技術的にできるようになったことは、もちろんあります。
でも、それ以上に変わったのは、「早く上達したい」と以前ほど焦わなくなったことかもしれません。
以前の私は、
「どうすれば上手くなれるんだろう」
「どんな練習をすればいいんだろう」
と、How toをすごく気にしていました。
今は、そこまで気にしなくなりました。
これは、焦らなくてもいいと思えるようになった成長なのか。
それとも「そんな簡単に上手くならん。」と諦めただけなのか。
自分でもよく分かりません(笑)。
でも、以前より「早く上手くなる方法」を探すことは減りました。
それより、目の前の花を見て、生ける。
習ったことをもう一度やってみる。
分からなければ先生が他の生徒に教えている姿を注意深く見る。
そんなことを繰り返しています。

いけばなもコーチングも、終わりのない「道」
私は今、いけばなと並行してコーチングも学んでいます。
コーチングも、「コーチング道」とも言われてます。
これも本当にその通りだなと思います。
資格を取ったら終わりでもないし、技術をいくつか覚えたら「はい、できるようになりました」でもない。
人を相手にする以上、学ぶことはずっとあるし、コーチ自身の在り方も問われ続けます。
いけばなも同じです。
13年やっても、2,367時間やっても、まだ分からないことがある。
「守」ができたと思ったら「破」が出てきて、破を意識していたら、また基本に戻ることもあります。
もしかすると、こういうものには「できるようになった。終了!」という日は来ないのかもしれません。
そう考えると、
「いつになったらできるようになるんだろう」
という問いに、ずっと答えを求めなくてもいい気がしてきました。
行動累積時間は、自分を採点するための数字じゃない
行動累積時間を知ったころの私は、「あと何時間やったら上手くなるんだろう」という気持ちで数字を見ていたように思います。
でも今は、少し使い方が変わりました。
行動累積時間は、自分を採点するための数字ではない。
他人と比べるための数字でもない。
「私はここまでやってきたんだな」と、自分の歩いてきた道を確認するための数字。
そんなふうに考えています。
上達は目に見えにくいし、自分ではコントロールできない部分もあります。
でも、今日やるかどうか。
もう一回やるかどうか。
そこに使う時間は、ある程度自分で選べます。
そして、その一回一回が積み重なって、いつの間にか1,200時間になり、2,000時間になり、私の場合は2,367時間になりました。
「できない」と落ち込んだら、まずどれくらいやったか見てみる
もし今、
「全然できない」
「なかなか上達しない」
「私には向いていないのかもしれない」
と思っていることがあるなら、一度、自分がそこにどれくらいの時間を使ってきたのかを考えてみてもいいかもしれません。
まだ始めたばかりなら。
できなくて当たり前です。
過去の私にも言いたい。
「まだほとんどやってへんのに、結果を求めるのは早すぎる」と。
そして、ある程度続けてきたのなら、
できていないことだけではなく、ここまで積み重ねてきた時間も一緒に見てみる。
「まだできない」と「何も積み重なっていない」は、同じではありません。
私もまだまだ、いけばなもコーチングも道の途中です。
上手くやろう、早く上達しようと考えすぎると、私はしんどくなります。
だから今は、少し先を見ながらも、まず目の前の一回をやる。
花を生ける。
コーチングをする。
そうやって、また少しずつ時間を積み重ねていこうと思います。

